2014年8月4日月曜日

三地門の原住民族委員會文化園區でタオ族の踊りを見る

仙臺臺灣朋友會你好!

みなさんは「臺灣原住民族」ってご存知ですか?

今回は、南部の屏東縣にある、三門地原住民文化園區を紹介します。


台湾には原住民と呼ばれる人々がいます。

日本で例えるとアイヌのようなものだと考えればわかりやすいでしょう。

日本では「先住民」といういい方をしますが、

中国語では「すでに滅んだ民族」という意味があるらしく、

「もともといた民族」という意味の「原住民」という言葉が使われています。

原住民の伝統的な衣装は、明らかに台湾人や客家人のものとは異なります。



現在、原住民は16の民族が認定されています。

細かく分けていくと100族を超えるのではないか? と知り合いの台湾人は言っていました。



ここでは原住民の歌や民族舞踊のショーを見ることができます。

ショーは休日は10時・14時・16時の3回で、平日は午後の2回です。

ショーのオープニングのみ全民族が出演しますが、

それが終わると日替わりでひとつの民族にしぼってショーが行われます。

この日はタオ族(ヤミ族とも呼ばれる)のショーでした。

タオはフィリピンに近い蘭嶼でトビウオ漁などを生業としてきた民。

これは舟の魔除けの儀式です。



この髪を振り回す踊りもよかったです。

これを踊るには、髪を腰まで伸ばさなければいけません。



餅つきの踊りは力強くてかっこよかったです。

この踊りとは違いますが、勇者の踊りというのがあって、

それがソーラン節にそっくりなんですよ。日本統治時代に伝わった踊りなのでしょうか?



タオ族の民族衣装は、男性はチョッキにふんどしだけですし、

女性の衣装も簡素ですね。

同じ台湾の原住民でも、雲南や東南アジア山岳部を起源にもつ民族とは、

明らかに違うようです。彼らは山の人。タオ族は海の人なのでしょう。



広い園内には、このような原住民風の建物も見られます。

園内は広すぎるので、バスで移動します。

全部くまなく見たら何時間かかることやら。



イノシシ肉のソーセージ。

味は豚肉と一緒ですが、食感はもっとプリプリしていて美味しかったですよ。



餅。これも原住民の食べ物。

キナコにザラメ砂糖を混ぜたものをまぶします。

これも美味しい。日本の餅よりも美味しいと思います。



一口に台湾人といっても、

狭い意味での台湾人や客家人だけでなく、

原住民も独自の文化を持っていますので、

是非とも原住民文化に関心を払ってみてください。

台湾がより楽しくなること間違いなしです。

2 件のコメント:

  1. 御紹介ありがとうございます。

    壮観ですね。皆仲良くと言い続け、体を張って間に入り続けた日本人の先輩達がが彼等全員が揃って仲良く踊っている姿を見たら、さぞ喜んだ事でしょう。

    台湾人は近年(?)、高砂全部族合同の楽しい御紹介ダンスを遣っているようです。
    みんな、豪華絢爛ですねぇ?ふふふふ

    ヤーミー族だけが、褌姿で目立って居ますけれど…
    実は、日本人が行った初期段階、多くの部族が、殆ど布を持って居なかったのです...\(・▽・)。

    『問俗録-福建・台湾の民俗と社会-』(平凡社:東洋文庫)の清朝の時代の1833年頃の記録によると、

    ***<引用↓>*****

    ・生蕃の服装は、女性は髪を編んで結い上げ、男性は髪を振り乱したままで、どちらもはだしである。また断髪し、乱れたまま垂れるに任せている。下半身には褲〔コ:ズボン〕を穿〔は〕いておらず、身体の前後を鹿皮で覆っている。漢人居留区に近い地域では、鹿皮の代りに布二枚を用いて下半身を覆っている。上半身には同じく布二枚を用いている。(P113)
    ・山奥に居る生蕃は、裸、はだしで、棘や茨いばらだらけの道なき道や、雲に隠れるほど高く険しい嶺を、まるで飛ぶような速さで歩く。漢人を見ると刺し殺す。(P116)
    ***<引用↑>*****

    森林伐採に行った漢人達は、原住民に殺されない様にと、彼等に銃を与えた人達も居たようで、それが高砂族が銃を持っていた原因の様です。
    大日本帝国時代には、銃を警察署で管理し、狩猟時の貸出制にして、帰って来たら警察に返し、警察は使った弾丸の数を確認して銃をしまうという方法だったそうです。獲物を分けてくれるので、米や調味料や衣類などをあげていたとか。日本人・漢人・高砂族が就任していた御巡りさん達の中には、腿肉が美味しい事を知っていて、ずるく高砂族に腿肉を要求した人も居なくは無かった様ですけれど、それはほんの僅かの人の事。

    ヤーミー族は、小さな島で海からの外的に備え、如時でも出動できるように褌姿が象徴的です。余計な布を纏って水に入ると、動きが獲りにくくなってしまうからです。御年寄りは、昔ながらの慣れた民族服で過されていた方達が多かったようです。

    みんな、昔の民族服だと、ぢつは…布がかなり少なかったり…。ブヌン等を除く殆どの部族は、ぢつは、ずっこく、日本人が行った後に増えた布やグッズで豪華絢爛にした服が多い。

    ヤーミー族も他の部族の様に、更なる新しい民族服作って其れを着て参加するといいね。皆、日本人が行ってた時より、更に豪華絢爛にしているものね。

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