2015年11月11日水曜日

ダムは八田與一さんだけじゃない! 鳥居信平さんの二峰圳地下ダム!

屏東に水をもたらした男・鳥居信平

こんにちは。仙台台湾朋友会です。

台湾では日本統治時代に作られたインフラが今でも使われ続け、
地元の人に感謝されている事例があります。
今回はそんなお話を紹介します。

台南の烏山頭ダムを設計した八田與一さんの話は、
台湾では教科書に載ったり映画に出たりするほど有名です。
日本でも八田さんのことは知っている人が多いと思います。

しかし!!!
台湾でダムを造った日本人は八田さんだけではありません。
屏東に二峰圳という地下ダムを設計した鳥居信平さんもいます。



鳥居信平さんの二峰圳を知る旅に出ることにしましょう。
台湾南部、屏東縣の潮州という町を出発し、來義という町を目指します。
潮州から來義行のバスに乗っても行けますが、本数が少ないです。
潮州からタクシーで行った方がいいかもしれません。
車で行くと、途中こんな綺麗な並木道を通ります。



林後四林平地森林園區という公園に寄って、
二峰圳について学びます。
二峰圳という名前の由来ですが、
二峰は鳥居さんが勤めていた製糖会社の社長の雅号だそうです。



これが地下ダムの堰堤の模型です。
こういう構造が地下にあって、伏流水を堰き止めます。
高さと奥行きは全く同じに作られているそうです。
実物は幅が328メートルあるそうです。



ここには鳥居さんの胸像があります。
なんと製作者は奇美の許文龍さんです。



地下ダムの現場に行っても何も展示はありませんので、
ここのビジターセンターで学ぶのが一番です。



これが92年前の日本の技術ですよ!
1923年5月に完成した二峰圳。施工期間はわずか2年です。
地元の原住民パイワン族の協力が大きかったとか。



案内してくれた人の話では、鳥居さんがパイワン族の酋長と酒を飲みながら関係を深め、
協力してくれるように頼んだそうです。
施工期間や環境への影響、その後もたらされた恩恵を考えると、
もっと評価されていい事業だと思います。



來義に到着しました。
平地と山地の境目にある集落です。
バスで行くなら、來義國小で下車するといいかもしれません。
小学校から少し上流に行くと公園があります。



ここにも鳥居信平さんの胸像があります。



公園には石板でできた原住民の伝統建築があります。
この公園は集会所にもなっています。祭りがある時は賑わうそうです。



公園からさらに上流に行くと、橋の手前に河原の方に入っていく細い道があります。
その道の先が地下ダムのある場所です。
写真を撮影した地点から川向いまで、伏流水を堰き止める堰堤が伸びています。
地下にあるので地上からはもちろん見ることはできません。

この川、1月下旬にもなると水が流れなくなるそうです。
しかし、地下には伏流水があります。
さすがに乾季は伏流水だけでは水が足りないので、
1927年にはさらに上流に集水用暗渠を完成させています。
これらも鳥居さんの綿密な水文調査の成果です。



ここが地下ダムへの入り口です。
92年前の建物だそうです。
今回は中には入りませんでしたが、扉を開けて下りて行くと、
森林園區で見た模型と同じ構造になっていて、川向いまで続いているそうです。



地下ダムで堰き止められた伏流水が水路へ導かれます。
澄んだきれいな水でした。台湾でこれだけ澄んだ水は滅多に見られません。
この水を灌漑用水として利用できるようになったため、
乾季の水不足の問題が解消され、農業が大いに発展しました。
昔はサトウキビ、今はオリーブの栽培が盛んだそうです。



水路からいろいろなところへ水が引かれています。
これでも、水路の水は少ないそうです。
2009年の台風の被害で、地下ダム堰堤が壊れ、
水が十分に集まらなくなっているとの話でした。



この木は92年前に鳥居さんご本人の手によって植樹されたものです。
今ではこんなに大きな木になりました。
この木の近くに鳥居さんの業績を紹介する記念館を建てる計画があるそうです。



台南の八田さんに比べ、屏東の鳥居さんが有名でないのには訳があります。
八田さんの場合、台湾総督府の威信をかけたプロジェクトでしたが、
鳥居さんの場合、いち製糖会社のプロジェクトです。
この差が知名度に影響したことは否めないでしょう。

これから台湾でも鳥居さんの業績に対する認知度が上がっていくでしょうから、
鳥居さんを縁に日台友好がさらに深まるといいと思います。

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