2016年1月9日土曜日

1月16日(土)は、台湾の総統選挙があり、池上一郎博士文庫15周年記念式典がある!

池上一郎博士文庫と竹田の紹介

おはようございます。
仙台台湾朋友会です。

みなさん、来週の土曜日、1月16日に台湾で何があるか知っていますね??
まず、台湾の運命を決める総統選挙があります。
民進党の蔡候補が優勢で、政権交代が見えてきました。
台湾の未来がかかった選挙の動向を見守りたいです。

そして!
この日は世界最南端の日本語書籍専門図書館「池上一郎博士文庫」の15周年記念式典がありますよ!
1月16日は、屏東の竹田へぜひお越しください!




せっかくですので、竹田と池上文庫のことを紹介します。
上記の写真は、竹田駅から見える大武山です。3000m級の美しい山ですが、
普段はこんな近くにあるのに、大陸から流れてくるPM2.5の影響で空が霞んで見えません。
1月16日は見えるといいですね!




竹田には客家人が多く暮らしています。
このあたりは六堆と呼ばれる南部最大の客家人居住地域です。



池上一郎博士は、1943年に竹田の野戦病院の院長になりました。
住民からは大変慕われていたといいます。
しかし、敗戦により池上博士は竹田を去ることになります。



数年後、早稲田大学大学院に留学することになった、現池上文庫理事長の劉さんが、
新聞の尋ね人欄に投書し、池上博士を探し当てます。
そして、竹田と池上博士の交流が再開します。
ちなみに、劉理事長はこの時池上博士とは面識がなかったそうですから、
池上博士を探してほしいというのは竹田住民の熱い思いだったのでしょう。




池上博士は竹田の人たちのために、毎年本を送ることを約束します。
ですから、今池上文庫にある本は、戦前池上博士が置いていったものではありません。
戦後、池上博士によって毎年贈呈された本と、多くの人たちから寄付された本です。

2001年1月16日、池上博士の90歳の誕生日に、池上一郎博士文庫が開館しました。
一部では開館式に池上夫妻が出席したという記述がされていますが、
これは誤りです。
池上博士は開館の3か月後に亡くなっており、この時台湾へ来られる状態ではありませんでした。
池上博士は結局、戦後一度も台湾の土を踏むことはなかったそうです。




もう一つ、竹田にまつわる日本人のエピソードがあります。
水谷雪さんの旦那さんは、戦地で負傷し、竹田の野戦病院で池上博士の治療を受けていましたが、懸命の治療にも関わらず、竹田で亡くなりました。
それを知った水谷雪さんは、竹田という地域に強い思い入れを持つようになります。
戦後竹田の地を何度も訪問し、竹田の小学校との交流をつづけました。
水谷雪さんも鬼籍に入られましたが、竹田の人たちからは「雪おばあちゃん」の愛称で親しまれていました。

ということで、日本人とも縁の深い竹田の池上一郎博士文庫。
今年で15周年です。
式典の様子は、来週レポートします。



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