2016年5月29日日曜日

鐵砧山に眠る「大甲の聖人」志賀哲太郎

「大甲の聖人」とあがめられる教育者・志賀哲太郎

台中市の大甲という街には、「大甲の聖人」とあがめられる日本人教師・志賀哲太郎の墓があります。



志賀は熊本地震で大変だった熊本県上益城郡出身です。日本統治時代に台湾へ渡って、大甲の公学校で教師をしていました。教育熱心で多くの生徒に慕われていたそうです。



志賀の墓は、大甲の町はずれにある鐵砧山南麓の墓地の中にあります。
鄭成功で有名な鐵砧山風景區の中を探してもありませんから、注意してください。




最寄りのバス停「頂店」から山の方へ歩き、墓地の中を20分くらい進みます。
標識などは一切ありませんから、発見するのはたいへん困難です。
草むらをかき分けて歩かないと墓までたどり着くことはできませんので、大変ですよ。
それでも行ってみたい人は、地図を参考にしてください。



Google Mapより


ここには、志賀哲太郎の墓と、志賀の功績をたたえた大正時代の碑文、それに志賀のお手伝いさんだった島村ソデの墓があります。





島村の墓は日本式ですが、志賀の墓は遺言通り、台湾人と同じく土葬で台湾式の墓になっています。
戦後国民党による日本人の墓の破壊という禍も、この2つの墓は逃れることができました。



大甲文昌祠の志賀哲太郎紀念室

大甲の街中に文昌祠という古い廟があります。



この廟には日本統治時代に公学校が置かれ、教師だった志賀は廟の西側にある部屋に下宿していました。その部屋が、志賀哲太郎紀念室として公開されています。室内では志賀の生涯を解説したビデオを見ることができます。




志賀について書かれたパンフレットも置いてあります。
パンフレットには、1928年時点で台湾全体の就学率は50%ほどなのに、大甲の就学率は70%を超えていたことが、志賀の功績として紹介されています。



志賀哲太郎より有名な鐵砧山の鄭成功

大甲の人に言わせると、
「志賀も有名だけどやっぱり大甲といったら鄭成功!」だそうです。

鐵砧山風景區の中に、鄭成功が地面に剣を刺したら水が湧いたと言われる劍井や鄭成功を祀った国姓廟、鄭成功像・鄭成功紀念館などがあります。鄭成功ファンの方はぜひどうぞ。

剣を刺したら本当に水が湧いたかどうかは定かではありませんが、井戸は本当にあります。弘法大師の伝説のようなものなのでしょう。





国姓廟には灯篭があります。昔ここは神社だったのでしょう。




鄭成功像の隣には紀念館があります。



風景區への最寄りのバス停は「鐵砧山」です。やはり劍井までは20分くらい歩きます。
鄭成功像は山の上にあるのでさらに歩きます。バスはありません。

風景區の中には大観音像やおじさん(どなたでしょう?)の像もありますよ。


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